東京高等裁判所 平成5年(行ケ)184号 判決 1996年4月23日
東京都大田区下丸子3丁目30番2号
原告
キヤノン株式会社
同代表者代表取締役
御手洗肇
同訴訟代理人弁理士
若林忠
同
渡辺勝
同
高畑靖世
同
金田暢之
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
清川佑二
同指定代理人
吉野日出夫
同
渡邉順之
同
花岡明子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が昭和63年審判第176号事件について平成5年9月9日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和59年4月4日名称を「光学素子の成形法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和59年特許願第65818号)をしたところ、昭和62年12月8日拒絶査定を受けたので、昭和63年1月5日審判を請求し、昭和63年審判第176号事件として審理され、平成3年8月14日出願公告(平成3年特許出願公告第53260号)されたが、同年11月13日菅原忠臣より特許異議の申立てがあり、平成5年9月9日特許異議の申立ては理由があるとの決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年10月6日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
機能面が成形される面に離型機能を有する薄膜が予め被覆された成形可能な状態の光学素子成形用素材を、成形用型内に配置し、該型により前記光学素子成形用素材を加圧して光学素子の機能面を成形する過程と、成形された機能面から前記薄膜を除去する過程とを有することを特徴とする光学素子の成形法(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
また、本願明細書の発明の詳細な説明には、離型機能を有する薄膜形成用材料としては、酸化クロム、アルミナのような金属酸化物も使用可能であることが記載されている。(本願発明の出願公告公報の明細書(以下「公告明細書」という。)4欄29行ないし36行)
(2) 特許異議申立人が提示した米国特許第2、795、084号明細書(1967年6月11日特許、以下「引用例」という。)には、次のようなことが記載されている。(別紙図面2参照)
<1> 「接触するガラス表面上に、付着した金属酸化物フイルムを形成し、ガラス体を合わせて置き及びガラス体が、ガラスの可塑性流動及び整合を可能にするのに十分に加熱される間に、ガラス表面を成形することから成る、加熱される間、付着することなく、ガラス体表面を、それと接触する他のガラス体表面の外形に合致させる方法。」(クレーム1.)
<2> 「本発明は、ガラス体の表面を、加熱される間、外圧を適用し、又は適用せず、ガラス体の表面を接触させることにより、ガラス体の表面を、型又は第2のガラス体の表面外形に合致させるように再成形する技術の改良に関する。」(1欄15行ないし19行)
<3> 「従来の板ガラスの曲げ成形においては、1又はそれ以上の板ガラスが、所望の外形を有するより耐熱性の基体又は型上に置かれ、そして、基体と板ガラスは、ガラスが基体の外形に合致するまで加熱される。」(1欄40行ないし45行)
<4> 「従来法の条件下では、接触する表面が付着して、互いに溶着される好ましくない傾向がある。」(1欄46行ないし48行)
<5> 「本発明の目的は、このようなガラス表面の成形の改良方法を提供することであり、それにより、上記<4>の困難及び不利が克服され、より軟質ガラスの事実上軟化点付近の温度においても、接触表面が、付着することなく、正確に合致されることができる。」(1欄58行ないし64行)
<6> 「本発明において、その方法は、そのより広い見地において、接触するガラス表面に付着する金属酸化物薄膜を形成し、ガラス体を一緒に置き及びガラス体が、ガラスの可塑性流動及び整合を可能にするのに十分に加熱される間に、ガラス表面を成形することにより、ガラス体表面を、金属型又は他のガラス体のような他の物体の表面外形に合致させることから成る。」(1欄69行ないし2欄6行)
<7> 第1図において、ガラス体10が金属型内に配置される。
第2のガラス体17がガラス体10の上に、金属型内に配置される。
ガラス体17の上に、金属プランジャ19が配置される。(2欄32行ないし42行)
<8> 「第2図において、第1図に示されたものと同様な型は、実質的に平面の接触表面を有する2つのガラス体25及び26を含んでいる。」(2欄50行ないし52行)
<9> 「上記のどの方法に従って形成され、ガラスに強固に付着した薄い金属酸化物薄膜は、ガラス表面を互いに合致させるのに必要な加熱条件又は加熱及び加圧条件の下において、同様な酸化物薄膜にも、金属にも付着しないことが見出された。
新規な方法により成形されたガラス表面は、その結果、相互に付着せず、整合後分離されることができる。」(3欄54行ないし61行)
<10> 本発明による金属酸化物被覆されたガラス板の成形結果とこのような薄膜なしに成形された結果を比較するために、4対の平らなガラス板が10.5インチの曲率半径を有する凹状の鋳鉄型の中へ垂下により曲げられた。
3対のガラス板は、最初に、相互に及び型と接触する表面を上記の方法により虹色の金属酸化物薄膜により被覆された。
第4の対は、その表面に適用されたいかなる被覆又は薄膜も有していない。(4欄31行ないし52行)
<11> 成形後において、被覆されたガラス板の対は透明で、完全、無きずであり、容易に分離可能であった、一方、被覆されていないガラス板の対は、互いに固着又は溶着され、冷却中にひびが入った。(4欄66行ないし69行)
<12> 「この新規方法は、望ましくは、正確に合致する表面外形を有する平面又は曲げ板ガラスの製造のために利用されうる。」(4欄70行ないし72行)
<13> もし望まれるならば、金属酸化物薄膜(それが目に見えても見えなくても)は、それがガラス表面の成形において目的を達した後に、ガラスから除去されてもよい。(5欄9行ないし11行)
<14> 第1図及び第2図に
型内に重ねて配置された2つのガラス体10、17及び25、26のそれぞれの両面に、金属酸化物薄膜11、18、27、28が付着されている。
これらの記載を総合すると、引用例に開示、記載された技術自体は、主として、1つのガラス成形型内に、それぞれの両面に、金属酸化物被覆を有する、2枚のガラス板のようなガラス体を重ねて置き、ガラス板相互間の溶着を防止して、加熱、加圧により、2枚のガラス板の形状を、成形型の形状に沿い変形させ、それに合致させて、同時に、2枚の同一形状の曲げガラス板を成形する方法であるということができる。
(3) 本願発明と引用例記載の発明を比較すると、いずれも、それぞれの両面に、金属酸化物薄膜等の被覆を有する成形用素材を、成形型内に配置し、成形型により加圧して、成形用素材を成形する成形用素材の成形方法である点では共通性を有するものであることは明らかである。
(4) しかしながら、本願発明と引用例記載の発明とは、以下の点で相違する。
<1> 成形対象において、本願発明が、機能面を有する光学素子の成形法であるのに対し、引用例記載の発明は、2枚のガラス板のようなガラス体の同時成形方法であること、及び、金属酸化物薄膜等の被覆の機能に関して、本願発明が、それが離型機能を有するものであるとしているのに対し、引用例には、それが離型機能という用語で説明されていない。
<2> 本願発明が、成形された機能面から離型機能を有する薄膜を除去する過程を有することを構成要件としているのに対し、引用例記載の発明は、成形後の金属酸化物薄膜の除去を不可欠のものとしていない。
(5) そこで、上記相違点について、検討する。
<1> 相違点<1>について
引用例には、そこに開示された技術の前提となる、従来技術としての、板ガラスの曲げ成形技術において、1枚の板ガラスを、成形型上で成形すること(前記(2)<3>)が記載されている。
また、その開示技術において、成形型として、金属型を使用すること(前記(2)<6>、<7>、<10>)、ガラスに付着した金属酸化物薄膜は、ガラス成形条件下において、他の酸化物薄膜にも、金属にも付着しないこと(前記(2)<9>)及び金属酸化物薄膜は、対をなすガラス板の相互に接触する表面だけではなく、金属型と接触する表面にも形成されていること(前記(2)<10>、<14>)が記載されていることからみて、そこにおいて、ガラス板の金属型と接触する表面に形成された金属酸化物薄膜により、ガラス板と金属型の溶着を防止すること、すなわち、離型機能を持たせることが意図されている、あるいは、少なくとも、離型機能が作用していることは、当業者が、特段の推察を巡らすこともなく、自然に読み取ることができることであることは明らかである。
さらに、レンズ等の光学素子を、成形用型内において、加圧成形することは周知の技術である。
したがって、引用例に開示された技術から、それを転じて、本願発明の基本思想である、1つのガラス体としての光学素子の成形方法とするとともに、さらに、光学素子成形用素材表面に形成された金属酸化物等の薄膜に離型機能を持たせることにより、光学素子と成形型の溶着を防止して、欠陥のない機能面を有する光学素子の成形方法となし得ることに想い到ることに、当業者が特に困難な点があるとは考えられない。
<2> 相違点<2>について
成形後に、離型性薄膜を除去することも、引用例に記載されたように、必要に応じ適宜になし得ることである。
(6) 以上のことから、本願発明は、本出願日前に外国において頒布された引用例記載の発明から、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)は認める、(2)は認めるが、ただし、<11>のうち「完全、無きず」は引用例4欄66行の「whole」の訳語としては適当でなく、「完全」が妥当である、(3)、(4)は認める、(5)、(6)は争う。
審決は、本願発明の技術的意義を正しく理解しなかった結果、相違点<1>、<2>に対する判断を誤り、作用効果の顕著性を看過し、本願発明は引用例記載の発明から容易に発明をすることができたと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点<1>に対する判断の誤り)
<1> 引用例記載の発明は、ガラス板を重ねておいて、同時に同一形状の曲げガラス板を成形するというもの、すなわち、曲げ板ガラスの成形法に関するもの、たとえば、自動車用の色のついた積層風よけガラスのような大きなサイズの曲げ板ガラスの成形法に関するものである。
これに対し、本願発明は、光学素子の成形法に関するものであって、本願発明によって得られるものは、凸レンズ、凹レンズ、フレネル、非球面レンズ、プリズム、フィルター等の光学素子である。
このように、引用例記載の発明と本願発明とは、技術分野を異にしている。
<2> 引用例に開示してある成形用型には、光学素子の機能面を形成することが可能な鏡面加工はされていないし、用いる成形用素材は、ありきたりの板ガラスであり、引用例記載の発明で得られる曲げ板ガラスには、光学素子としての機能面を形成することはできない。
引用例に開示されている技術は、そもそも2枚又はそれ以上のガラス板を重ねておいて、同時に同一形状の曲げガラス板を成形するというものである。引用例記載の発明には、光学機能面をガラスの表面に形成しようとする意図は全くないし、引用例に開示されている2枚又はそれ以上のガラス板を重ねて、加熱下に型で押圧して曲げ板ガラスを成形する技術では、光学素子として必要な、たとえば、光屈折、像形成等のための機能面の形成は、成形された曲げ板ガラスに起こっていない。
すなわち、引用例には、鏡面加工された型を用い、離型機能を有する薄膜を成形用素材上に予め被覆しておくことによって、光学素子の機能面が形成できるという示唆がない。曲げ板ガラスの成形法をレンズ等の光学素子の成形法に転用できるとする示唆は全く認められないのである。
これに対し、本願発明は、光学素子成形用素材を加圧して光学素子の機能面を成形するものである。
本願発明において用いられる成形用型は、上型、下型とも、面精度、形状とも光学素子の機能面を形成することが可能なように鏡面加工されたものである。また、用いる光学素子成形用素材は、研削、研磨あるいは溶融固化等の処理により所定の形状に予備加工処理された素材である。
本願発明では、このような素材の機能面が形成される面に離型機能を有する薄膜を被覆しておいて、それを前記成形用型内に配置し、型により加圧することにより光学素子の機能面を成形する。
したがって、引用例記載の発明からは、本願発明における「加圧して光学素子の機能面を形成する」という構成要件を容易に想到し得ないものである。
<3> 審決は、引用例にも、ガラス板の金属型と接触する表面に形成された金属酸化物薄膜により、ガラス板と金属型の溶着を防止すること、すなわち、離型機能を持たせることが意図されている、あるいは、少なくとも、離型機能が作用していることは、当業者が自然に読み取れると判断している。
しかしながら、引用例に記載されているのは、ガラス表面上に形成された金属酸化物薄膜が、ガラスの表面どうしを互いに合致させるのに必要な加熱条件又は加熱及び加圧条件下では、金属に付着しないということだけである。(明細書3欄53行ないし64行)この記述は、薄膜が成形条件下に成形型に付着することがないことを述べているのみであって、金属酸化物薄膜がガラス表面に形成されていることにより、成形されたガラス板が型から離れ易くなるとは、引用例のどこにも記載はない。
したがって、審決の上記判断は、引用例の記述に基づかない不当な判断である。
<4> 審決は、「引用例に開示された技術から、それを転じて、本願発明の基本思想である、1つのガラス体としての光学素子の成形方法とするとともに、さらに、光学素子成形用素材表面に形成された金属酸化物等の薄膜に離型機能を持たせることにより、光学素子と成形型の溶着を防止して、欠陥のない機能面を有する光学素子の成形方法となし得ることに想い到ることに、当業者が特に困難な点があるとは考えられない。」と判断しているが、かかる判断は、以上述べたことからして、誤りである。
(2) 取消事由2(相違点<2>に対する判断の誤り)
<1> 引用例には、所望により金属酸化物薄膜は、それがガラス表面の成形において目的を達した後に、ガラスから除去されてもよいとの記述はあるが(5欄9行ないし11行)、これに続いて、そのような除去は、亜鉛粉末とともに用いる塩化水素酸のような還元性の酸で薄膜を溶解することにより達成されると記述されている。(5欄12行ないし14行)
レンズ等の光学素子は柔らかい材質のものであり、成形された機能面からの薄膜の除去を、上記のような過酷な手段で行うことは論外であり、その除去は、成形された機能面を損なうことがないように、薄膜だけを除去して機能面を出す必要があり、具体的には、不織布による仕上研磨のような穏和な手段で行わなければならない。
引用例記載の除去方法には、機能面を傷めずに残しながら薄膜だけを除去するような配慮はされておらず、この方法を、光学素子の機能面を有するものに適用することは、機能面を損なう恐れが強く、避けなければならない。
したがって、引用例は、本願発明における「成形された機能面から薄膜を除去する過程」を示唆するものではない。
<2> そして、審決の、「必要に応じ適宜になし得ることである。」との判断も、引用例に開示された曲げ板ガラスの成形法の技術と、本願発明における機能面を有する凸レンズ、凹レンズ、フレネル、非球面レンズ、プリズム、フィルター等の光学素子の成形法の技術分野のちがいを考慮しない不当なものである。
先に述べたように、引用例に開示された、所望によりなし得る曲げ板ガラス表面からの薄膜の除去手段には、機能面を損傷しないという配慮がなれておらず、引用例の記述は、本願発明における「成形された機能面から薄膜を除去する過程」を示唆するものではないのである。
<3> 審決は、「成形後に、離型性薄膜を除去することも、引用例に記載されたように、必要に応じ適宜になし得ることである。」と判断しているが、かかる判断は、以上述べたことからして、誤りである。
(3) 取消事由3(顕著な作用効果の看過)
本願発明の光学素子の成形法によれば、成形された光学素子の機能面にピンホールや凹み等の微細欠陥の発生は認められず、所定の形状及び精度を有し、曇りのない機能面を有する光学素子を得ることができるという、優れた作用効果を発揮できる。
引用例記載の発明では、かかる作用効果を得ることはできない。
(4) 以上のとおり、本願発明は、引用例記載の発明から、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる、とした審決の認定判断は誤りであり、本願発明は、特許法29条2項の規定に該当するものではない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。
なお、原告の指摘する「whole」の訳語につき、これを具体的な文脈の中で理解するならば、ガラス板の表面品質に関しては、傷の有無は最も重要なものの1つであるから、ここでの「完全な」は、具体的には「無きず」を意味するものと理解するのは合理的である。
2(1) 取消事由1(相違点<1>に対する判断の誤り)について
<1> 原告は、引用例の曲げ板ガラスの成形方法は、技術分野が異なる、機能面を有する光学素子の成形法に転用できることを示唆するものではない旨主張する。
審決にも記載し、本願明細書にも記載され(公告明細書1欄25行ないし2欄22行)、また、乙第2ないし第5号証にも示されるように、機能面を有するレンズ等の光学素子又はその素材を、高精度の成形型内において、加圧成形することは周知の技術である。
また、一般に、成形型を使用して材料を成形する場合には、成形材料と成形型が固着することなく、成形後に、成形品を成形型から容易に分離し得ることが必要であること、すなわち、成形材料と成形型間の離型性が必要であることは、自明であり、常識でもある。
光学素子の加圧成形法においても、当然、同様な離型性が必要であることは明らかであり、事実、光学素子の加圧成形法において、ガラスと成形型材料の粘着が障害となること(乙第2号証)及びその対策として、ガラスが粘着、固着しない材料から形成された成形型を使用することにより、高い表面性能及び表面精度を有する光学素子を成形すること(乙第2、第3号証)、成形型に離型剤を塗布すること(乙第4、第5号証)が記載されており、言い換えると、高品質な光学素子を成形するために、ガラスと成形型間の非固着性又は離型性が要求されることは、乙第2ないし第5号証にも記載されているように、よく知られていることである。
本願発明の光学素子成形法と引用例記載の発明の曲げ板ガラス成形方法は、成形対象のガラス素材の組成、成形面の形状、製品に要求される精度、品質のレベル、したがって、成形型の仕上精度の点で異なるとしても、これらは、成形対象のガラス物品の相違に伴う必然的な変異にすぎず、両者は、成形型を使用するガラス素材の加圧成形法という点で、技術的共通性を有するものであり、本質的に異なった技術分野に属するものではない。
事実、引用例には、その開示技術の前提となる従来技術において、「従来は、比較的低い温度、すなわち、軟質ガラスのアニール領域内の温度で、2つのガラス体の表面を合致させ、それにより、面倒な研削及び研磨作業なしに、正確に合致する表面外形を得ることが有利であることが知られていた。このように表面を合致させることにより、光学素子、積層シート等のような正確に合致した複合ユニットが製造されうる。」(1欄20行ないし27行)と記載されていることからみても、引用例記載の発明は、板ガラスのみならず光学素子の成形法にも適用可能な技術であることは、明らかである。
<2> 原告は、引用例の記載からは、そこで使用される金属酸化物薄膜の離型機能は読み取ることはできない旨主張する。
審決に記載した引用例の記載の摘示(審決の理由の要点(2)<4>、<5>、<9>、<10>、<11>)を合わせ考えると、ガラス板の相互に接触する表面に被覆された金属酸化物薄膜が、ガラス板の成形条件下において、相互に付着しないため、成形後に、ガラス板の対は、それぞれの薄膜を保持した状態で、容易に分離可能であったものと理解することが、最も、合理的であり、自然でもあることは、当業者に限らず、容易に了解し、是認するものと解される。
同様に、ガラス板の、型と接触する表面に被覆された金属酸化物薄膜が、ガラス板の成形条件下において、金属にも付着しない、したがって、金属製である鋳鉄型にも付着しないのであるから、成形後に、ガラス板の対は、その薄膜を保持した状態で、鋳鉄型からも容易に分離可能すなわち離型可能であるものと推測することは、当業者にとり、極めて当然な、また自然な成行きであるということができる。
したがって、引用例における金属酸化物薄膜が、ガラス板相互の溶着防止機能とともに、離型機能をも有することは、当業者であれば、十分に、また容易に読み取ることができることは明らかである。
<3> 引用例の技術は、2枚の曲げ板ガラスの同時成形法であるが、審決に記載した引用例の記載の摘示(審決の理由の要点(2)<3>)にも示されるように、ガラスの加圧成形においては、1つのガラス体を成形することが、基本的で単純な形態であることは明らかである。
したがって、引用例から、そこで使用される金属酸化物薄膜が離型機能をも有することを読み取ることができさえすれば、この機能は、金属成形型を使用する限り、成形対象の種類、1回の成形品数に関わらず機能することは明らかであるから、その離型機能の応用を動機、主眼として、引用例の開示技術を、その成形対象を転じて、基本的で単純な、1つのガラス体を対象とする態様において、光学機能面を有する光学素子の成形法とするとともに、その際に、高精度の成形型を使用するとともに、金属酸化物薄膜を、ガラスと成形型間の離型性確保の手段とすること、及び、それにより所定の形状、精度を有し、また、そこでも、引用例記載の発明と同様に、ガラスと成形型の溶着を防止して、完全、無傷の、欠陥のない機能面を有する光学素子の成形方法とすることが可能であることに想到することに、当業者が格別困難な点があるとは考えられない。
(2) 取消事由2(相違点<2>に対する判断の誤り)について
<1> 原告は、引用例における過酷な薄膜除去手段は、光学素子に適用できないものであり、他方、本願発明においては、薄膜除去過程において、不織布による仕上研磨のような穏和な手段が採用される点で、両者は相違している旨主張する。
引用例には、金属酸化物薄膜の除去は、粉末亜鉛とともに使用される塩酸のような還元性酸により薄膜を溶解することにより達成されることができることが記載されているが、ガラスは、一般に酸に対して比較的強いことが知られているから、この方法を光学素子に適用した場合に、その機能面が損傷されると断定することはできないし、また、引用例記載の発明において、この塩酸処理法が唯一の薄膜除去方法であるとも解されない。
他方、本願発明について、特許請求の範囲においては、薄膜形成材料も薄膜除去手段も特定されていないこと、発明の詳細な説明には、薄膜形成材料としては、引用例記載の発明と同様な金属酸化物である酸化クロム、アルミナ等を使用可能であること、凸レンズ機能面から薄膜を不織布による仕上研磨もしくは酸洗等の方法により剥離することが記載されている(公告明細書5欄28行ないし30行)ことからみて、本願発明が、特に、薄膜除去を、不織布による仕上研磨のような穏和な手段により行う方法に限定しているものとは解されない。
したがって、成形後の薄膜除去方法において、本願発明と引用例記載の発明が本質的に異なるものとは解されない。
<2> そして、引用例記載の発明の方法を光学素子の加圧成形法に適用して、成形後に離型性薄膜の除去を行う場合には、光学素子の機能面を損傷しないような手段を選択して、慎重な除去操作を行うことは、成形対象の性格からみて、当業者が当然配慮すべき範囲のことであり、格別なこととはいえない。
(3) 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
引用例の開示技術を、前記(1)のように、周知の光学素子加圧成形法に適用した場合には、光学素子加圧成形法において通常使用される、高精度の成形型が当然使用されるとともに、金属酸化物薄膜の離型性によって、ガラスと成形型の溶着が防止され、所定の形状、精度を有するとともに、溶着による表面欠陥のない、透明で、完全、無傷な、すなわち、曇りのない機能面を有する高精度の光学素子が得られることは、光学素子加圧成形技術の性格と引用例の記載を考慮すれば、当業者が、十分に、予想し、また意図し得る範囲のことである。
(4) 以上に述べたとおり、審決には、原告主張のような認定判断の誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
原告は、審決の理由の要点(2)<11>のうちの引用例4欄66行の「whole」の訳語は「完全」であって、「完全、無きず」の訳語は適当でないと争うが、その訳語としていずれが適切であるかは後記相違点の判断の当否に直接影響するものでなく、また、成立に争いのない甲第3号証(米国特許第2、795、084号明細書)によれば、引用例記載の発明の技術内容に照らし、「無きず」と訳したからといって、訳語が不適切とはいい難い。
第2 そこで、以下原告の主張について検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証(本願発明の出願公告公報)によれば、本願の公告明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願発明は、凸レンズ、凹レンズ、フレネル、非球面レンズ、プリズム、フィルター等の光学素子の成形法に関し、詳しくは、成形可能な状態の光学素子成形用素材を成形用型によって加圧するだけで、所定の形状及び精度を有する光学素子を成形することのできる方法に関する。(1欄10行ないし15行)
(2) レンズ、プリズム、フィルター等の光学素子の多くは、従来ガラス等の素材の研磨処理を主とした方法によって成形されてきた。しかしながら、このような研磨処理を主とした成形法においては、相当な時間及び技術が必要とされ、短時間に大量に製造することは非常に困難であった。
そこで、たとえば、一対の成形用型内に光学素子成形用素材を挿入配置し、これを加圧するだけでレンズ等の光学素子を成形する方法が注目されている。このような加圧成形法を適用することによって、従来の研磨処理を主とした成形法と比べて、光学素子を短時間に容易に成形することが可能となり、特に成形における難易性の高かった非球面を有する光学素子を容易に成形できるようになった。
ところが、加圧成形法によって光学素子を成形した場合、光学素子の形状については所定の精度を得ることができるが、機能面の曇りが生じ易く、光学的機能については、必ずしも充分なものを得ることはできなかった。
この機能面の曇りは、加圧成形の過程において、光学素子成形用素材とこれを加圧成形する型の面とが比較的長時間密着した状態で接触するため、微小部分において素材と型の面とが融着し、成形後に型から成形された光学素子を離型する際に、素材表面の型との微細融着部分が型表面に融着したまま残されることによって、成形面に生じるピンホールや微細な凹み等の欠陥により形成されるものである。(1欄16行ないし3欄11行)
(3) 本願発明は、このような問題に鑑みなされたものであり、その目的は、型との上述したような融着を起さない薄膜を予め光学素子成形用素材の型によって成形される面に被覆することにより、型と成形された光学素子の融着を防ぎ、所定の形状及び精度を有し、成形された機能面に曇りのない光学素子を、光学素子成形用素材を成形用型によって加圧するだけで、簡易に生産性良く成形することのできる新規な成形法を提供することにあり、その目的のために、要旨記載の構成(1欄2行ないし8行)を採用した。(3欄15行ないし23行)
(4) 本願発明の光学素子の成形法によって成形された光学素子の機能面には、ピンホールや凹み等の微細欠陥の発生は認められず、本願発明によれば、所定の形状及び精度を有し、曇りのない機能面からなる光学素子を得ることができる。
また、光学素子成形用素材に離型機能を有する薄膜を設けることにより、生産性の大幅な向上と成形レンズの性能向上を図ることができる。すなわち、素材に離型機能を有する薄膜を設けるので、成形用の型に離型剤を塗布する等の離型効果を得るための処理を何ら施す必要がない。それ故、型に離型剤を施す場合のように、1回、1回の成形前に型に離型剤を塗り、成形後型から残りの離型剤を取り除く煩雑な作業を行う必要がない。しかも、素材に離型機能を有する薄膜を設ければ、作業工程も単純化でき、型の洗浄工程も不必要となるので、作業時間(成形時間)を短縮することができる。(6欄20行ないし37行)
2 次に、原告主張の取消事由について検討する。
(1) 取消事由1(相違点<1>に対する判断の誤り)について
<1> 技術分野について
原告は、引用例記載の発明は、ガラス板を重ねておいて、同時に同一形状の曲げガラス板を成形するという曲げ板ガラスの成形法に関するものであって、レンズ等の光学素子の成形法に関する本願発明とは技術分野を異にし、引用例記載の発明を本願発明に転用することはできない旨主張する。
これに関し、審決は、本願発明が、機能面を有する光学素子の成形法であるのに対し、引用例は、2枚のガラス板のようなガラス体の同時成形方法に関するものであることを、相違点として挙げている。そして、審決は、引用例には、「そこに開示された技術の前提となる、従来技術としての、板ガラスの曲げ成形技術において、1枚の板ガラスを、成形型上で成形すること」が記載されており、また、「レンズ等の光学素子を、成形用型内において、加圧成形することは周知の技術である」ことを理由として、その技術の転用を認めていると判断される。
この点について、まず、引用例を検討するに、前掲甲第3号証によれば、引用例には、次のとおり記載されていることが認められる。
「 従来は、比較的低い温度、すなわち、軟質ガラスのアニーリング領域内の温度で、2つのガラス体の表面を合致させることにより、骨の折れる研削や研磨作業なしに有利に正確に適合した表面外形が得られることがわかっていた。そのような表面をこのように合致させることにより、光学素子、薄板状のシートなどの正確に形の合った複合ユニットを製造することができる。」(1欄20行ないし27行)
「 従来の板ガラスの曲げ成形法においては、1枚またはそれ以上の板ガラスが、所望の外形を有するより耐熱性の基体または型上に置かれ、基体と板ガラスは、該ガラスが本質的に板厚の変化やその他の歪みを起すことなく基体の外形に合致するまで加熱される。」(1欄40行ないし45行)
この記載からすると、引用例には、従来技術に関する箇所においてではあるが、光学素子及び1枚のガラス板を成形することについての言及があるということができる。そして、引用例記載の発明は、このような光学素子をも含めたガラス板の成形における従来技術の問題点を改良しようとするものであるから、引用例記載の発明自体も光学素子をも包含するガラス体の成形技術に関するものであるということができ、引用例記載の発明がそのような光学素子に適用できないものであることを窺わせる事情も認められない。
そうすると、本願発明と引用例記載の発明とは、光学素子をも含めたガラスの加圧成形に関する技術である点において技術分野を共通にするものであり、後者の技術を、2枚のガラス体の同時成形についてのみでなく、光学素子の成形法に適用しようとすることは、困難なことであるということはできない。
そして、光学素子の加圧成形が周知の技術であることについては、前示理由1(2)認定のように、本願発明も従来からある光学素子の加圧成形法を改良しようとしたものであり、さらに、成立に争いのない乙第2号証(昭和47年特許出願公開第11277号公報)によれば、同公報には、特許請求の範囲を「レンズ形状を生み出すようなキャビティ規定表面を有する鋳型部材の間にガラス塊を置き、非酸化性雰囲気で鋳型に熱と圧力を加え、次いで鋳型を冷却し形成されたレンズを取り出してガラスレンズを成型する方法において、キャビティ壁が高い表面性能と高い表面精度を有するガラス状炭素から形成される鋳型を使用することを特徴とするガラスレンズの成型方法。」(1頁左下欄5行ないし12行)とする光学素子の加圧成形法の改良法が記載されており、成立に争いのない乙第3号証(昭和52年特許出願公開第45613号公報)によれば、同公報には、光学的ガラス素子をモールドで作る方法に関して、モールド面を改良してモールド面の固着をなくしていること(3頁左下欄6行ないし13行)が記載され、成立に争いのない乙第4号証(昭和55年特許出願公開第62815公報)によれば、同公報には、「従来、変形可能な高温状態のガラス塊を加圧して、レンズやプリズム用の厚肉素材を成形する場合、大別して、二つの方法がある。」(1頁右下欄1行ないし3行)と記載され、成立に争いのない乙第5号証(昭和52年特許出願公告第44号公報)によれば、同公報には、「金型によるプレス成型で、小型レンズには一般に用いられるもので、耐火物製の皿の上に所望レンズより若干大きい重量の硝子片を載せ加熱軟化させた後、硝子片を胴型に移し、矢型で押圧して成型する。この方法では加熱温度を前記のものより低くするので、離型剤の溶着が少くまた胴型および矢型の内面を所望レンズの曲面と一致させれば、所望レンズに近いレンズ素材が得られる」(1欄36行ないし2欄7行)と記載されていることが認められ、いずれもレンズのような光学素子を加圧成形法で成形することを従来技術として扱っていることからみて、光学素子の加圧成形法は、本出願前周知の方法であったと認めることができる。
そして、本願発明も引用例記載の発明も、このような従来の研磨処理による欠点を改良しようとするものであるから、技術的課題を共通にする引用例記載の技術を本願発明に適用しようとすることは、当業者であれば当然に試みることであるということができる。
したがって、技術分野の相違を理由として相違点<1>についての審決の判断を誤りとする原告の主張は、認めることができない。
<2> 機能面の形成について
原告は、本願発明について、その表面に光学素子としての機能面を有するレンズ、プリズム等の光学素子を製造するのであるから、成形用型は、鏡面加工された型であり、成形用素材は、研削等の処理により所定形状に予備加工された素材であると主張する。
しかしながら、前示理由1(3)認定のとおり、本願発明の特許請求の範囲には、単に「成形用型」とされているのみであって、その型が鏡面加工されているとは限定されていないし、前掲甲第2号証により、公告明細書の発明の詳細な説明をみても、型との融着により成形面に生ずるピンホールや微細な凹み等の欠陥によって機能面に曇りが生じること、そのために薄膜で被覆することは記載されているが、本願発明が、成形用型を鏡面加工することにより欠陥を防止しようとするものであると記載しているとは認められない。実施例には、鏡面加工する型を使用することが記載されているが、このことから本願発明の要旨とする構成が鏡面加工に限られると解することもできない。
また、素材について、本願発明の上記特許請求の範囲には、「機能面が形成される面に離型機能を有する薄膜が予め被覆された成形可能な状態の光学素子成形用素材」としてあるのみであって、研削等によって予備成形されたものに限定されているわけではない。前掲甲第2号証によれば、公告明細書の発明の詳細な説明には、「本発明の方法に従って凸レンズを成形するにはまず、第2図に示すように、研削、研磨あるいは溶融固化等の処理により所定の形状に予備加工処理された所定容量の光学ガラスからなる素材(ガラス素材)22の機能面が成形される面22a及び22bに薄膜21を被覆する。」(4欄9行ないし14行)と記載されていることが認められるが、本願発明の要旨とする構成は、上記特許請求の範囲からして、これに限られるものではない。
したがって、本願発明において用いられる成形用型は、鏡面加工された型であり、成形用素材は研削等の処理により所定形状に予備加工された素材であるという原告の主張を認めることはできない。
さらに、原告は、引用例に開示してある成形用型には、光学素子の機能面を形成することが可能な鏡面加工はされていないし、用いる成形用素材は、ありきたりの板ガラスであって、引用例記載の発明で得られる曲げ板ガラスには、光学素子としての機能面を形成することはできない旨主張する。
しかしながら、前示<1>のとおり、引用例記載の発明は、光学素子をもその対象としているのであるから、引用例で光学素子を成形する場合は、当然に本願発明でいう機能面が形成されるものと推測することができる。
したがって、機能面の形成に関する相違を理由として相違点<1>についての審決の判断を誤りとする原告の主張は、認めることができない。
<3> 離型機能について
原告は、引用例では、ガラス表面上に形成された金属酸化物薄膜が金属に付着しないということが示されているのみであって、成形されたガラス板を型から離れ易くすることについては、どこにも記載されていない旨主張する。
しかしながら、一般的にいって、型から離れ難いということは、型に成形材料が付着するということである。したがって、型に付着しないということは、すなわち、離型し易いということができる。
そして、引用例には、審決の理由の要点(2)<9>のように、「上記のどの方法に従って形成され、ガラスに強固に付着した薄い金属酸化物薄膜は、ガラス表面を互いに合致させるのに必要な加熱条件又は加熱及び加圧条件の下において、同様な酸化物薄膜にも、金属にも付着しないことが見出された。新規な方法により成形されたガラス表面は、その結果、相互に付着せず、整合後分離されることができる。」と記載されているのであって、この「金属にも付着しない」ということは、すなわち、金属により形成される型に付着しないということであるといえる。このように、金属酸化物薄膜が金属に付着しないということが示されているというとは、すなわち、金属酸化物薄膜の離型機能が示されているに等しいということができる。
したがって、離型機能の相違を理由として相違点<1>についての審決の判断を誤りとする原告の主張は、認めることができない。
<4> このように、相違点<1>に関する原告の主張は、いずれの点からしても理由があるということはできず、審決の相違点<1>についての判断に誤りはない。
(2) 取消事由2(相違点<2>に対する判断の誤り)について
<1> 審決は、「成形後に、離型性薄膜を除去することも、引用例に記載されたように、必要に応じ適宜になし得ることである。」と判断するところ、原告は、引用例記載の発明では、機能面を傷めずに残しながら薄膜だけを除去するような配慮はされておらず、引用例記載の発明は、本願発明の薄膜除去を示唆するものではないと主張する。
そこで、引用例についてみると、引用例には、審決の理由の要点(2)<13>のように、「もし望まれるならば、金属酸化物薄膜(それが目に見えても見えなくても)は、それがガラス表面の成形において目的を達した後に、ガラスから除去されてもよい。」と記載されており、このように、引用例には、任意ではあるが、ガラス成形後に、金属酸化物薄膜を除去することが明瞭に示されている。
そして、レンズ、プリズムのような光学素子であれば、酸化物薄膜が残存すれば、光の屈折等に影響を与え、光学素子としての機能を損ねる可能性が大きいことは自明のことといえる。そうすると、光学素子の成形法に引用例記載の発明を適用しようとするとき、金属酸化物薄膜の除去を行おうと考えることは、当業者にとって容易であるというべきである。
さらに、原告は、これに続く引用例の「そのような除去は、薄膜を、たとえば、亜鉛粉末と一緒に用いる塩酸のような還元性の酸で溶解することにより達成できる。」(5欄12行ないし14行)との記載から、引用例が示す薄膜除去手段は、過酷であるから、レンズのような光学素子の機能面からの薄膜除去は示唆していないと主張する。
しかしながら、レンズのような光学素子の機能面成形後にその薄膜除去を行おうとするときには、その表面を損傷しないような条件を選択して行うことは当然であって、仮に、引用例の上記例示が過酷な処理で機能面の損傷に配慮していないとしても、本願発明の薄膜除去への適用を妨げるものと認めることはできない。
さらに、引用例の示す塩酸のような還元性の酸で溶解する薄膜除去の方法が機能面を損傷する点について検討するに、成立に争いのない甲第4号証(「ガラスハンドブック」作花済夫他編、1975年初版第1刷、1994年5月20日第13刷、株式会社朝倉書店発行)によれば、その「表7.37」により、光学ガラスは、普通のガラスに比して塩酸に浸蝕され易いことが認められる。しかしながら、この浸蝕の程度も、処理の時間や温度に左右されることは自明であるといえるから、当業者であれば塩酸により酸化物薄膜を除去しようとするに当たり、ガラス面まで浸蝕して機能を損なうことがないように、表面酸化物のみが除去される程度に塩酸にさらすことを考えるはずである。
このことからすれば、引用例が本願発明のような穏和な薄膜除去の手段を示唆しないとの理由により、相違点<2>についての審決の判断を誤りとする原告の主張は、採用することができない。
<2> 以上のとおり、相違点<2>の判断についての原告の主張は、理由がなく、審決の相違点<2>についての判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
<1> 原告は、本願発明の光学素子の成形法によれば、成形された光学素子の機能面にピンホールや凹み等の微細欠陥の発生は認められず、所定の形状及び精度を有し、曇りのない機能面を有する光学素子を得ることができるという作用効果を発揮できるが、引用例記載の発明では、かかる作用効果を得ることはできない旨主張する。
本願発明が原告主張の作用効果を奏することは、前示1(4)認定のとおりである。
しかしながら、引用例記載の発明も、前示(2)認定のとおり、金属酸化物薄膜を予めガラス表面上に形成することにより、型に付着しないという作用効果を奏するものであり、そのことは、型から離した成形ガラスがピンホールや凹み等の微細欠陥を有しないということを意味するということができる。そして、成形されれたガラスがピンホールや凹み等の微細欠陥を有しないということは、すなわち、ガラスが表面平滑で、精度が良く、曇りがないということといえる。
したがって、原告が本願発明の作用効果として主張するものは、引用例記載の発明から当業者が予測できる範囲のものにすぎない。
<2> 以上のとおり、顕著な作用効果の看過についての原告の主張は、理由がなく、審決の作用効果の判断に誤りはない。
3 以上、原告の審決の取消事由の主張は、いずれも理由がない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)
別紙図面1
<省略>
図面の簡単な説明
1:ベルジヤー本体、2:蓋、3:光学素子の第1の機能面を成形するための面を有する上型、4:光学素子の第2の機能面を成形するための面を有する下型、5:上型3を保持し押えるための押え、6:胴型、7:ホルダー、8:成形装置内を加熱するためのヒーター、9:下型4を突き上げて加圧するための加圧棒、10:加圧棒9を作動させるためのエアーシリンダー、11:油廻転用ポンプ、12、13、14、16、18:バルブ、15:不活性ガス流入用バイブ、17:不活性ガス排気用バイブ、19:温度センサー、20:装置内を冷やすための水冷バイブ、21:薄膜、22:光学素子成形用素材、22a、22b:機能面が成形される面、32:成形された光学素子。
別紙図面2
<省略>